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ノイシュヴァンシュタイン城は世界遺産となるか?

雪のノイシュヴァンシュタイン城

 ドイツで最も有名な観光名所でありながら、世界遺産になれないと言われるノイシュヴァンシュタイン城。例えばウィキペディア日本語版の「ノイシュヴァンシュタイン城」でも、「古建築保存を目的とする世界遺産になっていない」と理由を挙げて世界遺産でないことが明記されていました(2020年6月7日に筆者が暫定リスト登録について追記)。しかしルートヴィヒ2世が建設したノイシュヴァンシュタイン城、ヘレンキームゼー城、リンダーホーフ城の3つは、すでに2015年1月に「Dreams in Stone」というタイトルでユネスコ世界遺産の暫定リスト(ドイツ)に登録されています。とはいえ世界遺産登録ではなく、あくまで暫定リスト登録ですから、世界遺産委員会に認められたのではなく、あくまでドイツ政府が世界遺産候補の1つに挙げただけですので、日本語メディアではこのことは全くと言っていいほど話題になりませんでした。
 2020年現在、ドイツの世界遺産暫定リストには12件登録されています。世界文化遺産登録を申請できるのは毎年1国当たり1件と決まっていて、ノイシュヴァンシュタイン城はウェイティングリストに入ったまますでに5年が経過しているのです。Süddeutsche Zeitung の2019年7月1日付の報道によれば、ノイシュヴァンシュタイン城の世界遺産登録申請は、2024年の予定とのことです。とはいえ、少なくともドイツ政府は世界遺産級と認めているわけですから、ウィキペディア日本語版の「古建築保存を目的とする」から世界遺産になれないという記載は誤解で、1994年以降の世界遺産登録基準見直し(専門用語でいうと「グローバルストラテジー」の導入)による変化を無視しています。グローバルストラテジー導入以降の世界遺産登録で重視されたのは、単なる記念碑的建造物ではなく「文化の交流」で、具体的には近代産業遺産や20世紀建築、文化的景観など、1994年以前には顧みられなかった文化財が世界遺産登録されることになりました。そうした世界遺産登録基準の見直しを踏まえると、これまで「古建築」ではないので世界遺産になれないと考えられていたノイシュヴァンシュタイン城(1892年建設工事終了)にも世界遺産登録の可能性が十分あるわけです。
 では、ノイシュヴァンシュタイン城のどのような点が、世界の人類にとって顕著な普遍的価値を有する世界文化遺産にふさわしいのでしょうか?ドイツ政府が提出した暫定リストの解説を分析し、ノイシュヴァンシュタイン城の顕著な普遍的価値を明らかにし、最後に世界遺産登録の障害が何なのか、ノイシュヴァンシュタイン城は世界遺産にふさわしいと言えるのか私見を述べます。
 暫定リストの解説によれば、ノイシュヴァンシュタイン城を含む3つの城「Dreams in Stone」は、世界遺産登録基準のうち、基準1(傑作)、基準3(文化的伝統の物証)、基準4(歴史的建築物)、基準6(芸術的作品との関連)を満たしていると主張されています。ひとつずつその主張を見てみましょう。
 基準1「人間の創造的才能を表す傑作である」に関して、ノイシュヴァンシュタイン城は、ワーグナーのオペラの世界を再現したルートヴィヒ2世独自の芸術的成果で、その設置に関しても日常世界から切り離された風景が選ばれていると主張されています。この点に関しては、すでに以前から広く主張されている一般的見解と言えます。
 基準3「文化的伝統の物証」に関しては、「万博の絶景展示という19世紀の文化現象」が見られるとしていますが、これはリンダーホーフ城のみに該当するので考察を省略します。
 基準4「歴史上の重要な段階を物語る建築物、その集合体、科学技術の集合体、あるいは景観を代表する顕著な見本である」に関しては、「過去と遠方に関わる芸術の総合:19世紀に風靡した地上の楽園というテーマ」という表題でまとめられ、以下の通り詳しく解説されています。「19世紀は、退避(逃避主義、ロマン主義)と発展(テクノロジー、より良い世界)の緊張状態が特徴で」、「それがあらゆる芸術に反映され」、「地上の楽園を見出そうとする試みの中で表現されている」。「バイエルン王ルートヴィヒ2世は、過去と遠方の世界に没入できる無垢の場所(山、谷、島)、王国の辺境に、地上の楽園すなわちもうひとつの世界を創り出した。」この主張は、近代都市世界からの「退避」を19世紀の芸術に特徴的な現象ととらえ、それがルートヴィヒ2世の城にも当てはまっているとしているのです。だから「歴史上の重要な段階を物語る建築物」であるという主張です。
 基準6「顕著な普遍的価値を有する出来事(行事)、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または実質的関連がある」に関しては、「中世から19世紀前半までのヨーロッパの知的歴史の表象」という表題でまとめられ、ノイシュヴァンシュタイン城に関しては、ワーグナーのオペラの世界やその元となった中世の伝説といった知的世界が再現されている、と主張されています。この点もすでに以前から広く主張されている一般的見解と言えます。
 ところで、ノイシュヴァンシュタイン城と言えば、アメリカで1955年に開園したディズニーランドの城のモデルとして有名であり、むしろそれによって世界的に有名になったと言っても過言ではありません。それは、世界遺産登録基準2「建築、科学技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展に重要な影響を与えた、ある期間にわたる価値観の交流又はある文化圏内での価値観の交流を示すものである。」に当てはまるのではないないかと私は考えます。しかしこの点に関して暫定リストの解説では、ノイシュヴァンシュタイン城は「映画、テーマパーク、ヴィジュアルワールドといった現代のエンターメント文化の源泉のひとつ」で、「メルヘンワールドの普遍的アイコンになった」と婉曲的に言及されるに留められています。
 以上、ノイシュヴァンシュタイン城の世界遺産登録の根拠をまとめると、ワーグナーのオペラと中世の伝説の世界を再現した傑作で、19世紀に特徴的な退避的総合芸術である、という主張です。これまでノイシュヴァンシュタイン城は、例えばヴュルツブルクのレジデンツ宮殿(1981年登録。典型的な18世紀のバロック様式の宮殿)のように「歴史上の重要な段階を物語る建築物」(基準4)ではなく、歴史主義や折衷主義の建築物で世界遺産登録基準を満たさない、と一般的にみなされてきました。しかし暫定リストの解説では、建築様式ではなく、城の退避的芸術が19世紀に特徴的であると主張されているのです。そして「20世紀に必要とされた〔地上の楽園の〕ビジュアルは、映画で表現され、今日では、さらにはっきりとコンピューターのビジュアルあるいはテーマパークで表現されている」と主張され、地上の楽園としての城が、文化的伝統として現代に引き継がれていると付言されています。つまり、ノイシュヴァンシュタイン城はルートヴィヒ2世個人の理想世界の具現化に過ぎず、19世紀後半という時代の段階を物語る建築物でもない、という一般的な批判に反論するために、城の退避的芸術は19世紀に特徴的でしかも20世紀以降にも文化的伝統として生き残っていると主張しているのです。
 果たしてこの主張(もしくは反論)は、ICOMOS(世界文化遺産を評価する専門家組織)や世界遺産委員会で正当なものとして受け入れられるのでしょうか?確かに一定の説得力があるように思われますが、現在、世界遺産登録は厳選されており、登録基準以外の条件も考慮されます。そもそもノイシュヴァンシュタイン城は、すでに十分に登録されている世界遺産の類型(19世紀までの西欧の権力者の歴史建造物)に当てはまるものです。さらに都市開発にさらされてもおらず、州立で人気の観光施設のため財政的にも問題なく、保存の危機にさらされてもいません。世界遺産の本来の目的は文化財の保存ですので、保存の危機にさらされていないことはかえって世界遺産登録にマイナスに働く場合があります。加えて、他の世界遺産候補がドイツで11件もあることから優先順位の問題もあります。世界文化遺産に正式に推薦できるのは、1国当たり毎年1件のみと決められているのです。
 最後に私見を述べます。世界遺産登録の可否がどうであれ、ドイツ政府としてはノイシュヴァンシュタイン城を世界遺産級と認めており、20世紀以降の映画、テーマパーク、その他の映像・表象文化での再生産を考慮すれば、その文化的伝統の顕著に普遍的な価値は否定しがたいと思います。とはいえ、中世の伝説とワーグナーのオペラの世界を再現した傑作という要素(登録基準1及び6)だけでは世界遺産に求められる顕著に普遍的な価値としては弱いと思われますので、やはり19世紀に特徴的な退避的総合芸術(基準4)で、なおかつ20世紀以降の世界に文化的伝統として根付いているという面を強調しなければ世界遺産登録は難しいのではないかと思います。グローバルストラテジー導入以降の世界遺産登録は、単なる歴史的記念碑ではなく生きた文化的伝統や文化的交流を重視しています。それを踏まえれば、ノイシュヴァンシュタイン城を単なる一国王の創作物として捉えては世界遺産とは言えませんが、ルートヴィヒ2世個人の意思を超えた、後世にも普遍的な価値を有する文化の交流の場として捉えれば、世界文化遺産にふさわしい文化財と言えると思います。暫定リストの解説によれば、ノイシュヴァンシュタイン城は発展と退避の緊張状態に特徴づけられた19世紀独特の総合芸術ということになりますが、そのような緊張状態は20世紀以降の社会においても継続しており、その点で現代でも顕著な普遍的な価値があると思います。すなわちテクノロジーの発展やその中で業績主義に振り回されるストレスフルな現代社会には、逃避できる「地上の楽園」が必要で、それゆえにノイシュヴァンシュタイン城は観光地という実体の面でも、文化的創作物という仮想現実の面でも、世界遺産か否かはともかく、普遍的価値を持ちうると、私は個人的に思うのです。

ドイツ観光局広報マネージャー大畑悟

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プロフィール

ドイツ観光局 大畑悟

Author:ドイツ観光局 大畑悟
ドイツ観光局広報マネージャー。
東京大学大学院博士課程満期退学。
ウィーン大学留学。
専門は歴史学(ドイツ観光史)。
Twitter.com/SatoruOHATA
転載や寄稿の依頼などは、satoru.ohata(a)germany.travelまで。

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