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ロマンチック街道という名前の意味は?

ノイシュヴァンシュタイン城への道

 ドイツを代表する観光地と言えば、有名なロマンチック街道(ドイツ語でRomantische Straße)です。ロマンチック街道とは、司教座都市ヴュルツブルクから白鳥の城ノイシュヴァンシュタイン城の麓の街フュッセンに至る約400キロメートルの観光街道のことで、4月半ばから10月半ばまでロマンチック街道バスが街道沿いの街々に止まります。その成立は1950年1月10日で、ヴュルツブルク、ローテンブルク、アウクスブルク、フュッセンなどの街の観光関係者が「ロマンチック街道協会」を結成したことに由来します。協会の初代代表には、アウクスブルク観光局長のルートヴィヒ・ヴェゲレが就任しました(典拠1:「ロマンチック街道の誕生」)。
 ロマンチック街道協会の創設者であるヴェゲレは、1954年に出版された旅行雑誌のロマンチック街道特集号で、「ロマンチックでヒロイックな風景」と題する記事を書いています。しかし残念ながらその中でロマンチック街道という名称の由来については何も書いていません。ではロマンチックRomantischという概念を彼がどのように用いているのかというと、「ヴュルツブルクのマリエンベルク要塞のテラスからは、美しい街とマイン川のブドウ畑の丘が見える・・・ロマンチックなフランケン地方の風景」と書いており(典拠2)、どうやらブドウ畑のような牧歌的な風景をロマンチックと表現しています。これではしかし意味がぼんやりとしすぎていますね。

ヴュルツブルクの眺め

 これに対して、1952年に出版されたロマンチック街道に関する最古のガイドブックでは、編著者のヴォルフ・シュトラッヒェが序文で、「街道を旅する者は、歓喜してドイツを体験し、他の多くの場所では失われたもの、ロマンチックなドイツを見つけるだろう」と書いています(典拠3)。つまり最古のガイドブックでは、ロマンチック街道に「失われた世界(特に中世世界)を体験できる街道」という意味が付与されているのです。ここでいう「ロマンチックRomantisch」は「ロマン主義的な」という意味で用いられており、「恋愛物語的な」という通俗的な意味の方でないことは明白です。ちなみに現在のロマンチック街道協会の公式サイトでは、「ロマンチック街道という名称は、国内外の旅行者が中世の町や夢の城ノイシュヴァンシュタインを見て感じるもの、すなわち過去に戻ったかのような感覚と魅力を表現しています」(一部改訳)と説明されており、最古のガイドブックの解釈と合致しています。
 ロマンチック街道とは、まさしく失われた中世世界へと旅人をいざなう街道で、例えば城壁に囲まれたローテンブルクの石畳の狭い路地を歩けば、在りし日の中世都市とはこんな世界だったのかという想像が膨らむことでしょう。リアルに中世の剣と魔法の世界を体験できる場所なのです。

ローテンブルクの旧市街

 ところでウィキペディアの「ロマンティック街道」日本語版の語源の項目には、「ロマンティック街道とは、『ローマへの巡礼の道』の意味である」と書かれています(2018年2月現在)。しかしドイツ語のRomantischには「ローマの」という意味がないことは辞書を引けばすぐにわかります。「ローマへの道」を意味するドイツ語はRömerstraßeです。たしかに現在のロマンチック街道の南半分ドウナヴェルトからフュッセンにかけては、かつてローマ人の道ヴィア・クラウディア・アウグスタ(ローマ皇帝クラウディウス街道)がありました。しかしイタリアのヴェネツィアとヴェローナ(ローマではなく)へと至るこの街道には、現在、ヴィア・クラウディア・アウグスタ街道という別の名前がついていて、あくまでロマンチック街道とは別の観光街道なのです。
 ウィキペディアの「ロマンティック街道」日本語版の語源の項目は、2005年2月1日に書かれたものですが、ロマンチック街道の語源を「ローマへの道」とする説はそれよりもはるか以前から存在します。私が国立国会図書館でロマンチック街道関係の文献を片っ端から調べた結果としていえることは、この説が普及するきっかけを作ったのは、旅行者の伝説のバイブル『地球の歩き方ヨーロッパ』(初版1979年9月10日付)のようです。このガイドブックの「ロマンティック街道」の項目では「Romantische Straßeは、もともとローマに通じる道の意」と書かれているのです(典拠4)。その後の版もこの説を踏襲し、1987年4月10日付初版の『地球の歩き方ドイツ』でも「ロマンティック街道」の項目で、「もとは、アルプスを越えてローマへ続く通商路だったことから、ロマンティックの名がつけられたとか」と書かれています(典拠5)。1979年以前に出版された日本語、英語、ドイツ語のガイドブックに同様の記述が見つけられないことから、ロマンティック街道=「ローマに通じる道」とする語源説は、『地球の歩き方ヨーロッパ/ドイツ』を源泉とすると考えられます。
 この説はしかし、『地球の歩き方ヨーロッパ2002~2003年版』(2001年7月刊)で修正され、『地球の歩き方ドイツ』でも2006~2007年版(2006年5月刊)で削除されます。そしてそれとちょうど交代するかのように、2005年2月にウィキペディアでこの説が再掲載されることになったのです。ですからウィキペディアの「ロマンティック街道」日本語版の語源の項目は、2005年以前の『地球の歩き方ドイツ』を参考に書かれたものと推定されます。
 『地球の歩き方』とウィキペディアを典拠とするロマンチック街道=「ローマに通じる道」説は、ツアーガイドの方々を通じても広められ、ウェブ上でも散見されるなど根強い人気を誇ります。この説が普及したのは、Romantischというドイツ語の意味をほとんどの人が知らなかったからという単純な理由によるものと考えてしまうのは短絡的すぎるでしょう。ロマンチック街道=「ローマに通じる道」説は、1970年代後半に一躍人気デスティネーションと化したロマンチック街道の神話化であり、父なるローマがロマンチック街道を創り出したとする創世神話なのです。そのような意味において、とてもロマンチックな説だと言えるのではないでしょうか。

ドイツ観光局広報マネージャー 大畑悟

【引用文献】
典拠1:大畑悟, ロマンチック街道の誕生 1950~1972年の日独の旅行ガイドブックにおけるロマンチック街道の観光の言説, 観光研究, Vol.26, No.2, 2015, pp.49-60
電子版(J-Stage)

典拠2:Ludwig Wegele, Romantische und heroische Landschaft, Merian, Vol.7, No.12: Romantische Strasse, Hoffmann und Campe Verlag, Hamburg, 1954, S.51

典拠3:Wolf Strache, Die Romantische Straße, Verlag Die schönen Bücher, Stuttgart, 1952, S.4

典拠4:ダイヤモンド・スチューデント友の会『地球の歩き方 ヨーロッパ 1980年版』ダイヤモンド・ビック社、1979年、p.284

典拠5:地球の歩き方編集室『地球の歩き方 ドイツ 1987~1988年版』ダイヤモンド・ビック社、1987年、p.9

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