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無名だったノイシュヴァンシュタイン城がドイツ観光のシンボルになれたのはディズニーランドのおかげ?

Neuschwanstein Herbst Abend Pixabay

1,日本人に人気の城
 白鳥の城ノイシュヴァンシュタイン城はロマンチック街道のハイライトとして有名で、ドイツを代表する観光地です。それどころか、ヨーロッパ一、あるいは世界一有名な城かもしれません。1955年開園のアメリカのアナハイムにある元祖ディズニーランドの眠れる森の美女の城も、「ノイシュヴァンシュタイン城にインスパイアされた」とモデルだったことが公式サイトで明記されているぐらいです。
ノイシュヴァンシュタイン城の年間入場者数は約150万人(2019年のバイエルン王城協会のプレスリリース)で、うち日本語のツアーを選択した者は英語に次いで多く、2008年の統計によれば約9%です(典拠1)。
ノイシュヴァンシュタイン城はいつからこんなに日本人に人気になったのでしょうか?ノイシュヴァンシュタイン城の観光史を紐解いてみましょう。

2,旅行ガイドブックに載っていなかった白鳥城(~1969年)
 日本人の海外旅行史を語る上で、1964年4月の海外渡航自由化と1969年11月のヨーロッパ線へのバルク(団体割引)運賃の適用は画期的な出来事でした。このふたつの措置によってようやく海外旅行の大衆化が始まったからです。2015年発表の論文「ロマンチック街道の誕生」で私は日本語のドイツガイドブックの記述を分析しましたが、1964年までほぼ唯一のガイドブックであった『外国旅行案内』(1952年-1975年)にはノイシュヴァンシュタイン城についての記述がありませんでした。そして海外渡航自由化の年1964年に発行された『世界の旅3 ドイツ/スイス』やその続編『世界の旅11 ドイツ/オーストリア』(1969年2月刊)でも言及がないのです。
確かに、城郭研究家の井上宗和の一連の著作、特に『ヨーロッパの城』(1962年刊)では、ノイシュヴァンシュタイン城が白黒写真入りで詳しく紹介されており、全く無名の城だったというわけではありません(典拠2)。しかし定番の旅行ガイドブックで紹介されないぐらいですから、その知名度はヨーロッパの城の専門書には登場する程度と言えるでしょう。

3,旅行ガイドブックの表紙を飾る白鳥城、1969年12月
 1969年12月、バルク運賃の適用によるヨーロッパ旅行の大衆化をにらんで出版された『ブルーガイド海外版9 ドイツの旅』で、白亜の城ノイシュヴァンシュタインが初めて旅行ガイドブックの表紙を飾りました。当然、全国の書店や図書館に並んだわけですから、それによって認知度が一気に上がったと考えられます。ちなみにこのガイドブックはパスポートサイズのわりに340ページを超える詳細な旅行案内書で、1978年まで版を重ねるほどに需要がありました。
もう一方の重要な旅行メディアである旅行パンフレットでノイシュヴァンシュタイン城が写真入りで紹介されたのは、代表的なJTBの「ルック」の場合、1972年版です。ツアーコースには1969年版から入っていましたが、写真の登場は結構遅いと言えます。

4,海外旅行の大衆化→ドイツ観光のシンボルに
 この画期的なガイドブック『ブルーガイド海外版9 ドイツの旅』では、ノイシュヴァンシュタイン城について、「まるでおとぎ話から抜け出したように白く美しい城」、「ドイツ観光のシンボル・マークともなっているこのお城めざして、世界中からのツーリストたちがあとをたたない。ともあれ、このロマンティックな白鳥の城の美しさは、そのまま私たちのロマンティック街道の旅のはなやかなフィナーレを演じてくれるのである」と書かれています。これまでのガイドブックで無視されてきたノイシュヴァンシュタイン城は一転、「ドイツ観光のシンボル」と持ち上げられています。この突然の転換は一体どういうことなんでしょう?
 まず、考えられるのは、海外旅行の大衆化のインパクトです。これまで一握りのエリートや富裕層しか行けなかったヨーロッパ路線のチケットが安くなって旅客の大幅な増加が見込まれていたので、それまで代表的な観光地だったベルリンに代わる大衆的な「観光のシンボル」が必要になったのです。それがアメリカなどの「世界中からのツーリストたちがあとをたたない」白鳥の城だったわけです。
 この転換は単純にガイドブック上だけのものではありませんでした。ノイシュヴァンシュタイン城の入場者数は、1968年に約50万人だったのが、1969年には約57万人(約+15%)に急増し、1975年には約80万人(約+60%)に達し、リンダ―ホーフ城を抜いてドイツで最も人気の城になったのです(典拠3)。増加の要因は、ドイツ人以外の外国人旅行客の増加でした。

5,おとぎ話から抜け出したような城
 しかしなぜ海外旅行が大衆化すると、ノイシュヴァンシュタイン城が「ドイツ観光のシンボル」に祭り上げられたのでしょうか?その理由を読み解くガイドブックのキーセンテンスは「まるでおとぎ話から抜け出したように白く美しい城」でしょう。「白く美しい城」が「抜け出した」「おとぎ話」とは何を指すのでしょう?ドイツのおとぎ話とはグリム童話?確かにそうですが、より影響力が強かったのは、そのグリム童話をアニメ化して日本で浸透させたディズニーアニメでしょう。
 ディズニーアニメの代表作『シンデレラ姫』は1952年に日本で公開され、さらにダイジェスト版の絵本になって家庭や図書館に広くいきわたり、そこに登場する城のイメージも広がりました。『シンデレラ姫』の青白く輝く城を見た後で、白亜の城ノイシュヴァンシュタインの写真を見れば、『シンデレラ姫』の城の記憶から、なんとなく似ていると思うでしょう。城が登場するディズニーアニメは他に『眠れる森の美女』があり、日本では1960年に公開されています。
 そしてアメリカの元祖ディズニーランド建設後の1958年に、日本でもテレビ番組シリーズ『ディズニーランド』(日本テレビ)の放送が始まり、1972年まで続きました。『ディズニーランドという聖地』の著者能登路雅子さんは、「昭和30年代に子供時代を送った日本人であれば、多くの人の記憶のなかに『ディズニーランド』というテレビ番組の印象が残っているだろう。金曜夜のゴールデン・アワーに放映された、あの夢のような番組のことである。特に今なお、脳裏に焼きついているのは、オープニングのシーンであった。男性コーラスの音楽を背景に、ディズニーランドのお城が画面いっぱいに映し出される」と述べています(典拠4)。
 ノイシュヴァンシュタイン城をモデルに作られたディズニーランドの眠れる森の美女の城が隔週でテレビ番組に登場し、視聴者の脳裏に焼きついたのです。その記憶を持つ人々が、ノイシュヴァンシュタイン城の写真を見た時、ディズニーランドの城を思い起こしたことは想像に難くありません。
1969年のガイドブックで「まるでおとぎ話から抜け出したように白く美しい城」が「ドイツ観光のシンボル」と喧伝された背景には、ディズニーアニメとディズニーランドの映像の普及があったと考えられるのです。
 ちなみに、日本語のドイツのガイドブックで初めて「ウォルト・ディズニーが、ディズニーランドの城をつくるときのモデルにした」と明記したのは、『地球の歩き方25 ドイツ』(1987年初版)です(典拠5)。1983年の東京ディズニーランドの開園後のことでした。

6,まとめ
 1969年末まで旅行ガイドブックで紹介されなかったノイシュヴァンシュタイン城は、1969年11月のヨーロッパ線への団体割引運賃の適用とほぼ同時に刊行されたガイドブックでいきなり「ドイツ観光のシンボル」に祭り上げられました。海外旅行の大衆化の進展でベルリンに代わる新しい観光のシンボルが必要になったからで、ディズニーランドの城のモデルとして知られるようになっていた白鳥の城はその絶好の対象だったのです。それだけディズニーアニメがリメイクしたグリム童話の物語の影響力が日本で強かったということでしょう。

*お願い:1960~70年代に、実際にノイシュヴァンシュタイン城の写真を見てディズニーランドの城を思い起こした方がいらっしゃいましたら、コメント欄にその思い出について書いていただけると嬉しいです。

ドイツ観光局広報マネージャー 大畑悟

・典拠1:Marcus Spangenberg, "Schloss Neuschwanstein oder: Wie ein Symbol entsteht", Bernhard Lübbers/ Marcus Spangenberg (Hg.), Traumschlösser? Die Bauten Ludwigs Ⅱ. als Tourismus- und Werbeobjekte, Regensburg, 2015, S.93.
・典拠2:井上宗和『ヨーロッパの城』(社会思想社、1962年)48-53頁
・典拠3:Robert Kohler, "Legitimationsprobleme erfolgreicher Rauminszenierungen: Die Schlösser Ludwigs Ⅱ. von Bayern", Katharina Sykora(Hg.), Ein Bild von einem Mann:Ludwigs Ⅱ. von Bayern, Frankfurt, 2004, S.142.
・典拠4:能登路雅子『ディズニーランドという聖地』(岩波書店、1990年)3頁
・典拠5:『地球の歩き方25 ドイツ』(ダイヤモンド・ビック社、1987年)44頁

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